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日本料理人が作った本格ポテトチップス「月乃破片」はどうやってできたのか?

今回インタビューするのは、富山県魚津市の「日本料理 海風亭」を継ぐ5代目の板前、美浪呂哉(みなみともや)さん。2017年には若手料理人コンペRED-35で、シルバーエッグという称号を獲得した日本料理人です。

そんな美浪さんが、「富山魚津を感じられる料理」をつくりたいと生み出したのが、日本料理人の作る本格ポテトチップス「月乃破片(TSUKINOHAHEN)」。鰹節味の「プレーン」、桜鱒と”からすみ”を使った「夕月」、鯛と蝦を使った「海月」の3種の味が楽しめる逸品です。

今回は、このポテトチップスが誕生した理由や、料理人としての工夫などをお聞きしました。

日本料理人が本格ポテトチップスを作ったきっかけ

――創業1908年、『美味しんぼ』84巻の富山編でも掲載された海風亭。そんな老舗日本料理店でポテトチップスを作ろうと思ったきっかけは、なんだったんですか?

コロナ禍で「お店に来てください」と言いにくい状況になってしまったことです。お店に来ていただけないのであれば、富山を連想させるようなご自宅でも楽しめるギフトを作りたい、と思いました。

全国どこでもそうだと思いますが、コロナ禍で飲食店は、県や国の補助や協力金、助成金をもらって続けていました。しかし、僕の中で「それに甘えていていいのかな」という思いがあったんです。助成金はありがたいですが、同時にそれは自分や次の世代への借金にもなってしまいます。

もともとコロナ禍になる前から、友人と「何かプロダクトを作りたい」と話していた中、コロナ禍に後押しされる形で作ったのが、本格ポテトチップス「月乃破片」です。

――ポテトチップスにしようというのはすぐ決まったんですか?

はじめはさまざまなアイデアがありました。海風亭で人気の海鮮丼や、鯛めしなどを冷蔵冷凍にして売ろうという案もあったんです。

でもそれには2つネックがありました。まず冷凍冷蔵商品になると、在庫を抱える場所や設備投資する予算が必要になります。そこで、常温でできるものを作りたいなと考えました。

2つめは、競合他社との差別化ができないという点。どこにでもある海鮮丼やふりかけでは差別化しづらいなと感じていました。でも、ポテトチップスなら日本料理人としても作りこめる部分があるし、日本料理とのギャップもある。考えれば考えるほど面白いんじゃないかと思い、取り組むことにしました。

――わたしも食べてみましたが、しっかりと歯ごたえのあるポテトチップスに、和テイストの初めて食べる味付けはまさに新体験でした。

味付けの部分に関しては、日頃やっている料理に近い部分があったんです。でも、ポテトチップスを揚げるという部分に関しては知識も経験もない0からのスタートで、甘く見ていた分、戸惑いや失敗も多くありました。

ポテトチップスを安定してクオリティを下げずに揚げる、というのがとても難しかったんです。

ちょうど2021年の1~2月にポテトチップス作りを始めたんですが、そのころの芋は冬を越えた芋なので糖度が高いんです。どれだけ水につけてさらしても、水分がなくなるまでカラカラに揚げようと温度管理を徹底しても、焦げてしまうんですね。

――季節によって芋のコンディションが違って、安定供給させるのが難しいと感じたんですね。

はい、困ったなと。そこで、大手メーカーはどうやって芋を安定供給させているのか調べました。すると、使っている芋自体の品種が違うことが分かりました。

大手メーカーの場合は、糖度の低い芋を契約農家に作ってもらって、それを使っていました。その芋を一消費者である僕らが手に入れようとしたら、一般の倍の価格がかかるうえに、安定的に仕入れるのが難しいという壁に直面したんです。

そこで、日本料理風に出汁で煮てみようと考えました。日本料理では、芋類やアクの強いものは糖を流すときに下茹でして、出汁に含ませます。出汁は、イノシンサンなので毒素が抜けるんです。

――日本料理の手法を取り入れて試してみたんですね。

あと、ポテトチップスの味を決めるのが、細かくしたシーズニング(複数の調味料や香辛料をミックスしたもの)などの添加物です。市販のものは、見た目では何味のポテトチップスなのかわからないくらい小さい微粒子を使っています。

でも、それを僕らがやろうとしたときに、シーズニングを市販されたもののように微粒子にはできません。そうすると、全てのポテトチップスで味を均一にするのが難しいんです。

そこを突破するためにも、下茹でで塩と出汁の味を、ポテトに均一に浸透させる方法が有効でした。

――揚げと、味付けの両面で日本料理の技術が役に立ったんですね。

はい。壁にぶつかったときに、日本料理の知識と経験を活かしたことで日本料理のポテトチップスになっていたんです

ポテトチップスは当たり前に売られているものですが、いかに苦労して大量生産されているのかが身にしみました。

――ポテトチップスを揚げる時に、オリーブオイル以外に鴨も使っているのはなぜですか?

はじめはポテトチップスを揚げるときに、サラダ油やごま油、こめ油などいろいろ試してみたんですが、どうしてもこってりしてしまう。最終的に、あっさり揚げられるオリーブオイルにたどり着きました。でも、香りはいいんですが、少しさっぱりしすぎてしまう部分があったんです。

そこで、味のジューシーさを出したいなと思いました。和食の技術では淡白な野菜や冬瓜などを煮るときに、鴨の脂や脂身を入れる手法があります。そうすることで味の深みが出て、淡白な野菜のうまみを強調できるようになるんです。

そのように、そのときどきの課題に自分の持っていた日本食の技術で解決できました。今まで先人たちの積み上げてきた試行錯誤のおかげですね。

 地元富山の魅力を反映した味付け

――月乃破片には3つの味がありますが、こちらはどう考案されたんですか?

味に関しては、「魚津を伝える」というスタンスを粉に込めています。最初のプレーンは、ポテトチップスを完成させようと作成しましたが、後の2つは富山や魚津らしさをだして自分にしかできないものを考案しました。

例えば、「夕月」で使っているサクラマスは富山県では名物の「ますの寿司」にも使われています。富山の文化も大事にしたかったので、サクラマスに保存食に使われるボラの子を使った自家製からすみを足して、地元の食材+食文化を意識した味にしています。

――味の根底には富山の食文化があったんですね。

僕は、お店に来ていただいたお客様には体験価値を届けたいという気持ちがあります。この商品も同じ思いを込めました。

富山県魚津市は、山と海との距離が近くて30キロ圏内で大きな高低差がある土地なんです。その特殊な地形のおかげで、岸から10キロ圏内に深海の海が広がっています。

山に降った雨や雪が地底をめぐって、海に海底湧水として栄養豊富な水が流れることでプランクトンがいて、魚が集まってきます。その魚の死骸が深海に沈み、深海生物の食物になる。

ここには、偶然にもそういう循環をしているからこそ提供できる美味しんぼにも掲載された「ゲンゲ(幻魚)の竜田揚げ」のような海の幸を使った料理があります。それも感じていただきたいと、ポテトチップスの袋裏面にも魚津の地形や文化を記しました。

ポテトチップスを食べて、富山や魚津を感じていただいて、魚津やお店を知ったり、来ていただけるきっかけになってくれたら一番嬉しいです。

製品は料理での自己表現

――コロナ禍がおちついても、レストランをやりながらポテトチップスの生産を続けることもできるんですか?

もともとは、営業前後や準備の隙間時間などを有効活用できるようになればいいなと思っていました。今はこのポテトチップスができたことで、有効に使えている感じがあります。

――コロナ禍で時間ができたことで、お店で抱えていた課題と向き合う中、商品ができあがってきたわけですね。今後も何か新商品を考えていますか?

今は、海風亭というお店をメインに、伝統や引き継いできたものを守っています。その中で、いずれは自己表現できるレストランをしたいなという夢があります。

その道筋の途中過程として、ポテトチップスをはじめとする生産業もやっていきたいんです。実は、次の案も考えていて、現在も楽しみながら試行錯誤しています。

インタビューを終えて

本格日本料理ポテトチップスは、日本料理の伝統を守り活かしながら、新しい可能性を模索する中で生み出されていました。

ポテトチップスは、2021年現在、富山駅や魚津駅前通りセブンイレブンなどで販売されています。オンラインショップでも受注予約後に作られ、手元に届けてもらえます。

魚津だから生まれたポテトチップスは、新しく美味しい体験をくれる意外な贈り物としても好評です。一度味わうのはもちろん、是非魚津に、海風亭にも足を運んでみてください。

美浪呂哉さんプロフィール

富山県魚津市のホテル美浪館の一階にあるレストラン「海風亭」の5代目板前。

金沢で6年間の修行を経て富山魚津の「日本料理 海風亭」を継ぐ。

2017年の35才以下の若手料理人コンペRED-35では、シルバーエッグを獲得。日本料理コンペティションにおいては3位入賞。

料理人としての哲学は「正直に素直に美味しさを追求し、背景にある、風土、資源、文化を継承し護る為に料理を作ること」。

 

※ポテトチップスは現状メニューにはなく「お店でも食べたい」というお客様にはお出しすることもあるので、希望の際はご予約時にお伝えください。

 

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この記事を書いた人

日本が誇る太鼓打ちになるには?鼓童池永レオ遼太郎さんインタビューさかもとみき

1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、観光・ジビエライター・恋愛コラムニストをしています。

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